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さいごっ。

「白線」

まだ心を持たなかった頃

均整な石畳の道の上

何かの数式のごとく引かれた白線に

わたしは特に興味も覚えずにいた

何かに導かれる様に

迷いは日々大きくなり

胸は締めつけられてゆく

痛みはわたしから零れ落つ

すべての言葉の糧になる

もしも迷いが憎しみへと変わるなら

この大きく膨らんだ心という副産物は

わたしに必要なのかと怖くなる

それでもわたしは

戻りたいとは思わない

迷うという喜びを

惑うという興奮を

手放すのは とても怖い

わたしがわたしであるという

この砂利道を歩いてゆこう

それはとても曲がりくねった道に見えた

けれどそこに引かれた白線は

ぴんと伸ばせばただのまっすぐな

ひとつの線さ


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2010
05/17
16:48
詩。
CM:0
TB:1

あとふたつ。。。

「けもの」

それは震えていました

傷だらけでした

目は赤く

黄昏に爛々と輝きました

人はみな危ないから近寄るなと言ったけど

僕は近付かないではいられませんでした

彼の目に宿るものに

未来の僕を見たように思いました

あまりに奇麗で

残酷で

幾多の剣に串刺しにされている彼が

殺されてしまうのはあまりにもったいなく感じられました

何故罵られ踏み付けられ

死よりも辛い暴虐を受けてなお

そこから動こうとしないのか

憤りさえ覚えました

僕がたまらなくなって

さっさと逃げろよと怒鳴ると

彼は鋭く僕の目を貫いて

お前が行くんだと言いました

僕は訳が分からず

この町から出て行く理由なんかないとこたえました

けものは首をゆるく降りました

俺はお前を噛み殺すために生まれてきたのだ と

お前が生まれてくるのを

どれほど待っていたか と

言いました

獣は己が囚われた

黒ずんだ銀の時計台を舐めました

『この時計が真夜中をさし

鐘がなったらそれが

俺がお前を殺し俺が生きる

最後の合図だ』

獣は美しい声で言いました

僕はあまりに解せなくて

逃げ惑う僕を追うのが楽しいのかと言い返しました

しかしけものは首を横に振ったのです

俺が追いつけないくらい

遠い遠い国へ

早く行きなさい

さあ

けものはそれだけ言って

瞼を閉じました


僕は

どうするべきだったのでしょう

ただ僕は

自分の意思で

銃と短剣を靴に入れ

家族を捨て

子供だった僕を捨て

このスクーターに乗って

けものからではなく

この美しい牢屋の町から

胸と頭の痛みと引き換えに

逃げ出したのでした


2010
05/17
16:47
詩。
CM:0
TB:1

たまってるんですよねー

「夜露と車輪」

君が泣いていたから

話したこともないくせに

僕はつい側に座ってしまったんだ

何を言ってやったらよかったのかも

わからなくて

何故涙を流しているのかさえ

知らなくて

そもそも君が何者なのかだって

どうでもよかった

けれど君を震えるように包み込む

薄藤色のウ゛ェールの羽を

見なかったことになんてできなかった

僕の背中にも羽があるのなら

分けてあげたいと思った

僕は飛べなくなっても構わないから

僕達は背中合わせに膝かかえ

ずうっとただ空を眺めていた

2010
05/17
16:46
詩。
CM:0
TB:0

もういっこ!!

「ビーズ」

笑うのは本当に楽しい時で

泣くのはとても悔しかった時で

腹が立ったら怒って

すぐに忘れてまた笑い合った

それが許されていて

その生き方しか知らなくて

からだはちいちゃかったけど

世界はとても広くて青かった

あの頃わたしたちは

いつか心臓と薬指をつなぐ

キラキラとした宝石に憬れながら

子供にとっての小さな宝石たちを一生懸命

糸に通して編んで作って

お姫様になった気分だった

人生はもしかして

砂粒より小さい色とりどりの

ビーズたちでできたモニュメント

だとしたらわたしたちはいつも

日常の雑事にもまれのまれ泣きそうになりながら

どこに行き着くのかさえわからぬままで

何も考えたくなんかなくて

何も聞きたくはないのになんて苦しんではいても

それらは本当はとっても綺麗なもので

ちゃあんと糸で少しずつ編まれていっているのかもしれない

本当は今幸せになりたくて

今すぐ愛されたくて

おばあちゃんになってからのことなんてどうでもよくて

でもどうでもよくなくて

自分の中の醜い部分に苦しめられているかもしれないけれど

全て今手の中にちらばるものは

あの頃集めるのに夢中だった

綺麗な小さなビーズなんだって
2010
05/17
15:39
詩。
CM:0
TB:0

おひさでーす。

水色イメージでできた詩です。

うーん、こんな「僕」さん現実問題としていないとは思います。

でも、なんとなくでも優しい詩が書きたかったので。

わたしが「僕」だったらどう感じるかなあと思って書きました。


「水晶玉」

青く透明に流れる空気に

君は包まれているんだね

そんなに空想が好きかい?

そんなに今を見たくない?

未来さえも君は否定しちゃってる

そうだね 君を取り巻く世界はあまりに君に残酷だ

全ての言葉が全ての笑いが

君の背中に氷の矢となって刺さってしまう

君の中にいるあの子は君のことあんなにも大好きだよ

でも君は怖いんだね

そうだね 自分が自分だけはどんなに自分をちゃんと好きでも

それだけじゃ生きてけないよね

だってその気持ちは種だもの

水も日の光も土の柔らかさもないなら

枯れちゃうかもね

僕も同じなんだ

ねえ 君の背中に顔を埋めてもいいかな

君のことなんて全く知らない

だからきっとおこがましいね

だけどなんとなくでも

君を守りたいと思ったんだ

君に甘えたいと思ったんだ

君の望むこと何もわからない

だけど君がこの綺麗すぎる水晶玉の中で

星座を見ながら泣いてるのは見えちゃった

僕 この水晶玉

綺麗に拭いてあげる

月明りや柔らかな朝日

紅くて静かな夕日

透かして見たらどれだけ綺麗だろうね

側にいてもいいかな?

しゃべらなくてもいいよ

僕だって口下手だから

一緒に同じ海を空を見れればいい

君が綺麗な絵の中にいるの

守ってあげたいだけ
2010
05/17
15:39
詩。
CM:0
TB:0

ラノベ?続き。

時を刻む雲の国で 第二話~満月の話~
テーマ:小説
前回からの続きです。

第二話完結です。第三話からやっと話が進んでくれるんだろうか…

************************************************


皐月は、弥生が小脇に抱えている少女を顎でしゃくった。

「いったいそれはなんなんだ。いい加減、まともな説明もなしに人をこき使うのはやめてほしいのだけれど」

「文句なら卯月に言えよ」

弥生が少しムッとして言い返した。

「俺だってあの馬鹿から曖昧な説明しか受けてないってのに」

皐月は目を閉じそっぽをむいた。恐ろしく表情がなかったが、一応ふくれているのだろうか、と育は思った。

「これがなんだかあんたわかる?」

弥生は少女を持ち上げて育に問うた。

首を横に振り掛けて、育は驚愕した。

目の前の少女は、人間ばなれした儚い美しさを携えている。

けれど、紛うことなく、少女の姿は育そのものなのだ。

育は目を細めてみた。

目の前でぐったりと眠り続けているこのあきらかに美少女としかいいようがない美少女を、自分だと断言するのはさすがにおこがましい気がした。

「親近感が…」

差し障りない言葉を吟味して、育はようやくそれだけ言った。

四月、もとい弥生は、ふん、と鼻で笑った。

「親近感ねえ…やっぱだめだな、俗世間に浸りすぎた輩ってのは」

さすがに育はムッとなった。

「どういう意味よ」

弥生は突然楽しげににやっと笑った。育の反応が面白かったらしい。

「いいね、その目付き。やっぱ毒がなきゃね、つまんねえよ」

変わってる。というか。

育は内心呆れた。

なんだかとち狂った人に感じる。

人のことは言えないが。

「質問にはちゃんと答えてくれない?」

育は弥生を睨みつけた。

弥生は目を細めて育を値踏みしているかのように、にやにやしている。

「俗世間にいるとね、偽善者になりがちなんだよ」

「あんたいつになく浮き足だってるな」

皐月が呆れたように言った。

「何がそんなに嬉しいの」

「教えてやんねえよ」

弥生は鳥が歌う様な声で言った。

「いったいなんなのここは。死者の国なわけ、それとも不思議の国のアリスなわけ」

育は苛々しながら投げやりに言った。

なんとなく、この弥生は気に入らない。

嫌いというわけでもなく、言うなれば、

なんだか"にっくき"恋敵でも見ているかの様な、妙な気持ちになる。

「死者ねえ…当たらずとも遠からずかな。ここは黄泉の国なんかじゃねえし。言わば、狭間の世界?つまり、」

弥生は育の顔を覗き込んだ。

「あんたも狭間の住人ってこと」

「意味わかんない」

育は顔をおもいきりしかめた。

「あんたは半分生きてて半分生きてない状態だったってわけ。なあ、感じてなかったの?ちゃんと生きてるのに、なんだか自分だけ違う世界の住人のような、死んでいる様な感覚」

育は言葉に詰まった。

弥生の言葉は極端だとは思ったが、言わんとすることが感覚でわかってしまう自分には、ぞっとした。

「まさか俺だって本当だとは信じてなかったけど…でも現にあんたの心が『雲』にいたわけだし」

弥生は脇に抱えた少女を見やった。育はうろたえた。頭がついていかない。

「ばかばかしい夢もいいとこだわ」

「ばかばかしい…嫌いなんだよな、その偽善的表現」

弥生の声はどことなく殺気を孕んでいた。育はたじろぐ。

「分からせてあげるよ。あんたは特殊な人間だ。生まれるべきでなかった人間…選ばれる可能性をもちながらふるい落とされてしまった人間。なんとも哀れな道化。行き着く場所も持ち得ず彷徨うだけのかわいそうな抜け殻」

「それ、わたしを傷つけようとしてんの?」

育は溜息まじりに言った。

「大変残念ですけど傷つかないわよ。傷つけられるのには馴れてますから?」

言いながら、ふと、育は誰からもこれといって深い傷をおわされたことはなかったことを思い出した。

「それでこそ十三月だ」

弥生がにやっと笑った。

「だから」

育は声を張り上げた。

「なんなのよ!さっきから言いたい放題…異世界だかなんだか知りませんけどね、少なくともわたしはこの世界のことなんかまったく知らないんだから、ちゃんと説明してくれないとわけわからない!」

「すまない」

「なんで皐月君が謝るの!」

「まあまあ」

弥生は涼しい顔で言う。

「お待ちしていましたよ、我が親王」

は?

育は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま弥生を見つめていた。

何の話?

「ただあんたが尊敬に値する人物になるためにはさっさと『からだ』を持っていただかないと?」

弥生は掴み所のない笑顔で言った。

「わたし、身体あるわよ?何言って…」

「あんたが常世の国で持ってた身体は、仮初。もしあんたが消えればあんたの存在自体、誰もの記憶からなくなる。あんたが子孫を残すことへの恐怖に囚われていたのは、それをあんたの本能が覚えていたから」

恐怖?

未来のことを、大人になってからのことを考えまいとしていたのは、恐怖心からだったろうか。育はぼんやりと考えた。

わからない。そもそも自分が何者だったか、今までどこにいたか、どうやって生きてきたか、すべて育を支えてきた記憶が時間とともに零れ落ちていっていることに気付いた。

ぞっとした。

そして、自分の体から垢がはぎとられていくような、心地よさに包まれていく自分が、何より恐ろしい。

知らず育は皐月の腕をきつく握り締めていた。

皐月が抑揚のない声で囁いた。

その灰色の瞳に、僅かに育をいたわる色が見えるように思うのは、ただの希望的観測なのだろうか。

「今までどこにいたか、思い出せる?」

育は震える体を必死で支えながら、首を横に振った。

恐くて、哀しい。

胸の痛みは焼けるように熱い。

それなのに、思い出せない。

涙さえ、出てこない。

辛うじて育をつなぎとめているのは、両親がいたという事実だけだった。

けれど、それもじきに忘れてしまうだろう。

―パパ、ママ、ごめんなさい…ごめんなさい…

育は、朦朧とする意識の中で、弥生に抱かれた少女の瞼が、細く開かれたのを、確かに見た。


(続く)
2010
04/20
14:07
SS
CM:0
TB:0

つづき

「時を刻む雲の国で」第二話 六月と四月の話~


野原の右手には細い小川がちろちろと流れている。

草は芝生のようによく背丈がそろっている。

木は細く、ひどくまばらに点在している。

自然のはずなのにどこか人工的にも見えるような不自然で単調な景色に、育は歩みを進める毎に目まいや吐き気が強くなるのを感じた。

耐え切れなくなり膝ががくがくと震え始めた頃、数歩先を歩いていた皐月が立ち止まり、ゆっくりと育を顧みた。

「疲れたか」

静かなしゃがれ声に、少しだけ癒される心地がする。

育は素直にうなずいた。

「…具合悪い」

皐月はしばらく首を右に傾け何かを考えているようだったが、ふいにふわっと育を抱き上げた。

育はひどく慌てふためく。

自分とさほど身長の変わらない人間を、まるで羽毛を触るみたいにこの痩身の少年が軽々と持ち上げたことが、にわかには信じられない。

まるで赤ん坊のように抱き抱えられたまま、育は観念して皐月の首にしがみついた。

右の頬に、皐月のわりと硬い髪が時折ちくちくと触れる。

眼前に広がる水平線が、先刻とは逆に次第に遠のいていく。

年下にも見えるこの少年の腕は、まるで幼児だった自分が父親に抱っこされていた頃のような、優しい安心感を育に感じさせてくれた。

「すまないな。気がつかなくて」

皐月が呟いた。

一瞬、育には何を謝られているのかわからなかった。

「あ、いや、わたしこそ、体力なくてごめん」

「だから、あんたが謝る必要はない」

皐月はうんざりしたような調子で言った。

ふふ、と育は笑っていた。

「なんだ」

「なんか、お父さんみたい」

育は言いながら、彼と自分の父親が似ても似つかないことを思い出した。

「一応言っておくが、俺は十六歳だった」

「だった?」

「ああ」

皐月はもそもそとした聞き取りにくい声で話す。

育は皐月の肩に頭をもたせ掛けながら、彼の一言一言に耳を澄した。

「俺は、十六の時、死んだ。小児喘息…わかるか」

「うん。わたしも、喘息もちだし。ひどくはないけど」

「ふーん」

しばらく、皐月は黙っていた。育は心に浮かんだ疑問を口に出してみたかったが、こらえた。

彼が話すまで、待とう。

ようやく皐月が口を開いた頃には、先刻から比べて相当の距離を歩いていた。

「俺は、『十二単』の中では一番の新参者だ。比較的最近、死んだ。生きていたら、あんたとそう歳は変わらなかったかも」

「十二単って…着物のことじゃなくて?」

「日本の四季を守る、十二人の守護者のことを、ここではそう呼ぶ」

皐月はもそもそと言った。

「わたしも死んだの?」

育は、不思議と穏やかな気持ちでそう尋ねていた。

「いや、あんたは死んでいない。あんたの霊だけが今ここに来ている…だから、不完全なあんたが疲れやすいのも道理だと思う。気付かなくて…すまなかった」

まだ気にしていたのか、と心地よい驚きを育は感じる。

出会って少ししか経たないのに、まるで家族のような安心感があった。

現実とは違う、育が求めていた『家族』だ。

「じゃあわたしはもうすぐ死ぬの?」

「怖いか」

否定はしないんだな、と育は思った。育は言葉を選びながら話す。

「死にたい死にたいって、口癖のように言ってたかもしれない。でも本気で死にたいとは思わなかった。だけど、死ぬなら、それもまた嬉しい気がする」

「変な女」

皐月は吐き捨てるように言った。

育は皐月の横顔を覗き込んだ。

「ごめん。怒った?」

彼は十六で死んだと言った。

死にたかったわけではないだろう。

なのに、死にたいと軽々しく呟いていた育のことは、腹立たしく思えるかもしれない。

だが皐月は首を横に振った。

「いや…むしろ、あんたのことは哀れに思う」

「どういうこと?」

「俺も詳しいことはしらないけれど…」

皐月はぼそぼそと呟いた。

「あんたは、この世界につがいがいる」

「つがい?」

「あんたが生まれるならそいつが生まれない、そいつが生まれるなら、あんたは生をうけない。そういう存在だ。少なくとも、俺じゃないけれど。俺は、生を受けてから、大神に気に入られて、ここに来た」

聞き取りづらいしゃがれ声で、皐月はひとりごとのようにもそもそと喋る。

「大神?」

育が問い返すと、皐月はふいに「しっ」と言った。

前方の空気に意識を集中しているようだ。

ふと、空気が水の波紋のように揺れて、「悪い悪い」と言いながらまた一人、青年が現れた。

「何処に行っていたの、馬鹿兄」

完璧な無表情で、皐月は至極不機嫌な声を出す。そして、青年が脇にかかえている少女を見て、目を細めた。

少女は、皐月に勝るほど色白で、体がどことなく透き通っている。

透き通った薄い黒色の髪は、生まれて一度も切っていないかのように、長くたわんでいた。

ぐったりとしていて、顔はよく見えないが、育は何故だか、彼女を知っているような気がした。

「うるせえ、ちび皐月。俺だって色々忙しいんだよ」

淡い金髪の青年は苛ついたように言った。

まるで綿のような髪だ。目は淡い鶯色で、揺るぎない輝きをやどしている。

背は高く、切れ長の目と細く長い首筋が、彼の精悍さを際立たせていた。

眼の色によく似合う色の着物を緩やかに着こなしている様は、上品な色気を感じさせる。

その雰囲気とは裏腹に、言葉遣いが荒いのが、逆に彼に男らしい魅力を添えているように感じられる。

勿体ないなあ、と育は思った。

皐月の話から察するに、目の前の青年も若くして死んだか、あるいは生まれることすら許されなかった身なのだろう。

生きていたら、たとえば歌舞伎俳優になったら誰にも負けないくらい素敵だったのではないか、など、育はどうでもよいことを考えていた。
青年は柔らかく微笑み、育を見つめた。

「ああ、始めまして。馬鹿卯月から聞いてない?俺が弥生、字(あざな)は四月」

弥生と名乗った青年の言葉に、育は心臓に二段階にわたる衝撃を受けた。

育は、震える声で呟いた。

「卯月…」

「そ、あの気紛れ神出鬼没錯乱野郎。迷惑かけなかった、あいつ?」

「いえ…」

「さっさと降りろ」

突然、人が変わったように皐月は不機嫌に言い放った。

育は慌てて皐月の胸から飛び降りた。

弥生はやれやれ、と呆れたように笑った。

「こいつ、自分は会ったこともない卯月にあんたが先に会っちまってるから、嫉妬してるんだぜ」

「嫉妬って…」

育はしばらく考え込んだ。

「でも、確かに魅力的な人だったような気がしたし、皐月くんの気持ちもわか―」

「待て。あんたは何か勘違いしていないか」

皐月が無表情ながら慌てたように言った。

弥生は笑いを堪え切れない様子で腹を抱えている。

育はなんと反応したらいいものかためらった。

「俺は確かにあの方に憬れてはいるが、それは尊敬しているだけだ。あんたは俺を馬鹿にしてるわけ」

「いや、別に…」

育はもごもごと弁解した。

何も深い意味はなかったのだけれど。

「まあ、あいつは伝説化してるからな」

弥生は楽しげに言った。

「伝説…」

育が呟くと、弥生は目を細めてにやっと笑った。

何を考えているのかがうかがい知れない。

「十二単の中でも珍しい『鏡』でかつ、高天が原戦争の発端となったやつだからな、あいつ」

「鏡、とは、生まれる前から大神に気に入られてしまい、生すら受けさせてもらえなかった者のことだ」

皐月がもそもそと補足した。

弥生がにやっと笑った。

「なんだ?俺のいない処で色々先に教えてやってたみたいだな?」

「あんたがいなくなるからだ」

「だから、悪いっつったじゃねえか」

「俺は謝れとは一言も言っていない。それより」

皐月は、弥生が小脇に抱えている少女を顎でしゃくった。

「いったいそれはなんなんだ。いい加減、まともな説明もなしに人をこき使うのはやめてほしいのだけれど」

「文句なら卯月に言えよ」

弥生が少しムッとして言い返した。

「俺だってあの馬鹿から曖昧な説明しか受けてないってのに」

皐月は目を閉じそっぽをむいた。恐ろしく表情がなかったが、一応ふくれているのだろうか、と育は思った。

「これがなんだかあんたわかる?」

弥生は少女を持ち上げて育に問うた。

首を横に振り掛けて、育は驚愕した。

目の前の少女は、人間ばなれした儚い美しさを携えている。

けれど、紛うことなく、少女の姿は育そのものなのだ。

(続く)
2010
04/12
10:47
SS
CM:0
TB:0

つづき

「時を刻む雲の国で」第二話 六月の話~


「あああああ…ややこしい、面倒い、嫌だっ」

育はバシッ、っとシャープペンを壁に投げ付けてぶんぶんと腕を振った。

床に転がった三度目のかわいそうな犠牲者をしばし見つめると、ごめんね、と言いながら育はまたそれを拾った。

そしてまた黙々と、白紙に近代の内閣首相の名前を書いていく。

正直、今更ながら、世界史をとっていればよかったと思っている。育は公民や地理はどうにも苦手だった。二年に上がった時に、世界史と日本史のどちらをとるか迷って、日本史にしたのだ。というのも、中学の時の経験から、世界大戦のあたりが億劫そうだったからだ。

だが今では、かなり失敗したと思っている。日本史は大河ドラマや時代劇で見るだけで十分だ。

飽きてくると育は物理の教科書の章末問題をにやにやしながら解くのだった。

育は物理が好きだった。一年の時にあたった、皮肉屋のおじいちゃん先生が大好きだったからかもしれない。

かと言って、いつも試験中は思うような点がとれない。むしろ苦手意識のある化学のほうが点がいい。

化学は、一年と二年の先生がどうにもいけ好かなかった上、計算でのケアレスミスが多いわつまらない暗記はあるわでよけいに勉強がおろそかだった。

それでも最近はだいぶん成績が伸びた。三年での物静かなおじいちゃん先生が大好きなのだ。奥さんの手作りの筆箱を使っている時点で微笑ましい。

どうにも育は、お年寄りが好きだった。

「もうやだあ!なんでえ?なんで合わないの!」

物理をやめて取り掛かった数学の基本問題の計算の答が違っていたので、また育はシャープペンを投げた。

いつも、大問の①で点を損する。むしろ、難しいはずの後半の応用問題の方がいつも解ける。記号で処理すればいいからだ。育は理系に在籍しているくせに、数字にはとことん弱かった。たまに6+7の答につまる。

「あーあああーいやだいやだ」

独り言を言いながらカリカリとまた紙を文字で埋めていく。

「寝たい寝たいあーもー寝ようかな何時よ今。もう寝よう、いややっぱりあとここまで」

おそらく家族の誰も、育が独り言を言う癖があるのを知らない。

寝よう、いやあと少し、を繰り返して、いつも育は二時三時まで結局粘ってしまう。三時をすぎてしまうと悪循環だ。もうついでだから四時半までやろう、と変な決意をしてしまう。

たまに、誰かつっこんでくれる人が欲しい、とか思ったりする。

この日は結局、二時半まで粘った。

手を洗い、疲れ切って育はベッドに倒れこんだ。

逃げ出したい。

何故大学に行くのか。

育にとって、それは親のためだった。正直、何もしないで生きていけるならそうしたい。

けれど実際にはそれでは生きていけない。勉強にも耐えられない自分が労働に耐えられるわけがない。世の中には高校にさえ行きたくても行けない人がいる。頭ではわかっている。

それに、なにより一人娘の行く末を、両親が年老いてまでもしなければならなくなる。それは不憫だと思う。

生まれたからには、やるしかない。

正直育は結婚もしたくなかったし、子供も欲しくなかった。子供は好きだ。実際小児科医になりたいのだ。けれど、自分の家族を持ちたいとはどうしても思えなかった。自分のような人間が育児なんてしたら、された方が可哀想な事になりそうな気がする。

それでも、育は結婚して子供も産まないと、と思っていた。たった一人しか子供がいないのに孫も抱けないなんて、両親が不幸だ。

わかっている。頭ではわかっているのだ。

それでも、未来なんてなければいいのに、と思う。眠っている時間が永遠に続けばいいのに、と思う。

もし、一人でも兄弟がいたら、育はさっさと蒸発していた気がする。

神様はだからわたしに兄弟を与えなかったのだ、と思う。けれども自分のために両親が犠牲になっている。決して子供が一人しかいらなかったわけじゃない。

それに対して辛いとかは思わなかった。

ただ、そのことを考えるにつけ無機質になっていく自分の感情が、自分で哀れに思えた。

今日はよほど疲れていたらしい。ベッドの下地中深くに引きずり込まれる感覚を覚えながら、育は眠っていった。



どれくらい時間が経っただろう。

不意に、育はひどく喉が渇いていることに気付いた。

苦しい。死にそう。

育は、体を必死にばたつかせた。

…つもりだったがついてきたのは気持ちだけで、体はがんとして動かない。

苦しい。苦しい。

眠る前に水を飲むべきだった、と育は後悔した。

早く、目ぇ覚めろ。

育は眠りの中必死で瞼を開けようとした。

すると、ひんやりとした手のようなものが、育の目の上にそっと被せられた。

少し、ほっとする。

ほんの少しだけ、喉の渇きが和らいだような気もする。

状況を理解しようと思考を巡らせていると、自分の頭のそばで少年のしゃがれ声が聞こえてきた。

「弥生兄、どうするつもりだ。気の毒だし、帰して水飲ませてやれば」

すると、少し低めの落ち着いた声が応える。

「何言ってやがんだ。やっとのことでこっちに連れて来たってんだ。そこの川の水でも飲ませりゃいいだろ」

「でもそんなことしたらこの人当分帰れない」

「知るか」

何か非常に恐ろしいことが起こっている気がする。

育は全力で目を覚まそうと頑張った。

瞼に乗せられた手が離れる。

途端に喉の渇きがぶり返した。

苦しい。

最初の少年の声が、少し上の方から聞こえる。

「うーん…」

何を悩んでいるのだろうと考えながら、育は必死に手足に力を入れた。

微かに右足が動く。気が遠くなってきた。

よし、もうすぐ目が覚める。

少しほっとした途端、

ばしゃあっ、と冷たい液体が体中にかけられた。

その冷たさに育は飛び起きた。

目の前には、一面の若草野原が広がっている。

身体中に残る水滴に、喉の渇きはいつしか収まっていた。

育は自分が見慣れない着物を着ていることに気付く。

頭の中では、これは夢だと理解しようとするが、皮膚から伝わる感覚は全て生々しく、これが夢ではないと信号を発している。

不意に、左の太股の辺りを蹴られた。

蹴られた?

慌てて育が顔をあげると、そこらの女の子よりもずっと可愛い面立ちをした、小顔で小柄な少年が育を無表情に見下ろしている。

少年は、深く暗い、苔のようなざんぎりの緑の髪をしている。透けた灰色の瞳は非常に大きく、もともと真ん丸で大きな目の中でさえ相当の位置を占めている。睫毛がまるでマスカラでもつけているかのように太く長く密集しているため、ほとんど白目が見えない。

前髪が鬱陶しく目の上にかかっているためあまり目立たないが、それでも育には、彼の右目がなんらかの傷で塞がれてしまっていることがわかった。

黒が色あせたような暗い灰色の袴姿は、彼の色白さを際立たせている。

首筋が寒いのか、太いマフラーのような長い灰色の布を首筋にぐるぐる巻きにしており、ずり落ちる度にこまめに口許まで被せ直している。

「…誰」

とりあえず、その言葉しか口から出てこない。

少年は育を品定めをするように目を細めて首を傾ける。

どうでもいいことだが、目を閉じる時睫毛が邪魔にならないのだろうか、と育はしみじみ思った。

「なんて言うか」

少年は、つい微笑ましく思えるような可愛らしいしゃがれ声でもそもそと喋る。

「女っていうのはもう少し可愛らしい生き物かと思ってたのだけど、全然大したことないね」

こ、こいつっ…。

育は正直脳天にぐっさりと刺を刺された心地になった。

文句の一つも言いたいが、実際に美しすぎるくらい美しい少年を目の前にしては、頭を下げるしかない。

「あ、あのねえ、わたしは並の下の下なんだからねえ、世の中あんたに負けないくらい美人な女の子だってたくさんいるんだから」

育は反論にもならない言葉をもごもごと口にした。

「ああ、すまない。何もあんたにそこまで卑下させるつもりはなかったんだ」

少年の声が少し優しくなる。

だがその表情は、恐ろしいほど無表情だった。

「俺は皐月だ。六月を守護している。それからこっちは…て何処行ったんだあの人」

心底煩わしそうな顔で誰もいない後方を見やると、皐月は育に手を差し出した。

一瞬育はためらったが、素直にその手に捕まって立ち上がった。皐月は育より少し背が高いくらいでほとんど変わらない。目線がほぼ同じ高さにあるので、育はよけいに自分の顔が恥ずかしく思えた。

「喉の方は、もういいのか」

もそもそと、皐月が問う。

一瞬、なんのことかわからなかった。しばらく考えて、育はようやく納得した。

「あ、はい、大丈夫」

そう言えばこの人わたしに水をぶっかけたな、と思い出しながら育は答える。

皐月はじっと育の目の中を覗き込んでいる。本当に、恐ろしく無表情だ。

育は観念する。

「ごめんなさい…本当はもう少し水が飲みたいです」

「別に謝ることはないと思うけれど」

皐月はそう言ってようやく育から目を離し、右手に流れる川へつかつかと歩いていく。

育が立ち往生していると、白木でできた尺に水をなみなみとついで、皐月は育の目の前に差し出した。

「あ、ありがとう…」

育が両手でそれを受け取ると、

皐月は肩にかけていた白い布袋から、洗面器のような白木造りのおけを取り出した。

「もっと要るならこれに汲んでくるけど」

は?

育はむせそうになった。

この人、素なの?素で言ってんの?

「いや、いや、いいよ。ありがとう」

「ふーん」

そう言って、皐月はまたもそもそとおけを袋に戻した。

育が呆気にとられていると、育の持っている尺をじっと見つめて、皐月が再び言った。

「飲み終わったか」

「え?あ、うん…ありがとう」

素直に尺を返すと、皐月はまたもそもそとそれを袋に戻そうとする。

「あの、えっと…」

「何」

「あの、一応、濯がない?」
皐月が顔をあげた。育をじっと見る。

「なぜ」

「え、だって一応わたし口つけたし…」

「この川の水は至極綺麗だ。問題はないと思うが?」

「え、いや、そういうことじゃなくて」

「変なやつ」

ずけっとものを言う。

しかし、皐月は再び川へ向かうと、育に言われたように尺を濯ぎ、戻ってきた。

「意味わかんない…」

育が呟くと、初めて皐月は顔をしかめた。

「あんたが濯げと言っただろう」

「はい。すみません」

「謝れとは言っていない」

な、なんて…

「めんどくさい人」
「面倒な女だ」

二人の呟きがほぼ同時に発せられた。

どっちがめんどくさいのよっ。

育は心の中で毒づいた。

対する皐月はまた元の無表情に戻っている。

「そろそろ行くぞ」

「え…何処に」

育の素朴な疑問に、皐月はしばらく動かなくなる。

ややあって、皐月はぼそっと言う。

「説明するのは面倒すぎる」

育は、側に寄り掛かれるものがあったら、心底体を支えてほしかった。

皐月は閉じた右の瞼の上を少し掻いた。

「ほんとは弥生兄と合流しないといけない。けれど待つのも面倒だ…どうせ長月のところへ行くのだから、別に行ったって構わないだろうし」

もそもそと呟く。

「説明は弥生がしてくれるだろう。あんたを連れてきたのはあの人だし。とりあえず長月を探しに行く。弥生兄は勝手に追いついてくると思う」

なんだか眠そうにそう言って、皐月はぽてぽてと歩き出した。

育は、かなりの不安を覚えながらその後を着いていく。

(続く)
2010
04/12
10:46
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つづき。

「時を刻む雲の国で」第一話その三
テーマ:小説
少年は目を丸くしていた。そして、ゆるりと首を左に傾けた。

『変なことを言う子だなあ』

『それ、その言い方。すごく好き』

育は唇を噛み締めた。

夢は自分の思い通りに動いてくれる。夢だけは。なんて嬉しいんだろう。

少年は悲しげに言った。

『無理だよ。僕は君にこっちへきてほしい。存在してほしい。だけどそれは僕が消えるってこと。会えないんだ』

『やだ』

育は言った。夢だから、どれだけでも甘えられる気がした。

『変な子だなあ』

少年は何故か嬉しそうに笑った。

『俺も、あんたにそっちで会いたかったな』

『え?』

育が首を傾げると、ふいに少年の髪の色が見えた。

…まるでゲームみたいだ。

育は息を呑んだ。もしも現実世界だったら、すごく違和感があるはずだ。なのに、少年のくすんだ若草色の髪の毛は、透き通っていて、さらさらで、とても綺麗だった。星屑がちりばめられているように、きらきらと淡く光っていた。

『女がいると、心が乱されちゃうんだな』

少年は悲しげに言った。

『結局、だから女はみんな人だったんだ』

『なんのこと?』

『それを要らない、って、捨てたんだな。だけど、ほんとにそうかな。それは知らなくていい感情だったのかな。悲しい存在だな』

それは、少年の心の中の声なのだと、育はきづいた。

『あんたと話してからそれからあいつに話すべきだったかなあ』

今度は少年は口から言葉を紡いだ。何故か楽しげに。

『失敗失敗』

『だからなにが』

少年は笑っていた。綺麗な笑顔だった。朧気に、少年の顔がみえてきていた。とても白い肌だ。頬と唇は淡い橙色をしている。

目は、髪の色より少し濃ゆく、黒に近かった。

『あんたがたぶん、好きだ』

『は?』

いきなり何を言われたのかわからない。わたしが何を好きだって?

『ねえ、かわいそうな十二匹の羊達を開放してやって?あ、違う違う十一匹だ。俺どうせ死ぬし』

胸に針が刺されたようだった。

『やだ…』

『えー、何が嫌なのさあ』

少年は嬉しくてたまらないといった様子で言った。

夢が終わる、と育は突然思った。急に、目覚ましをかけついたことを思い出したのだ。

『名前は?』

育は絞り出すように言った。どうせ夢だから教えてはくれない。そうわかっているのに、口をついて出た。それくらい、焦っていた。

少年は戸惑ったように黙った。人形のように綺麗な顔立ちだった。

『教えるってことは、道理に反してる…』

少年は自身に向かって言っているようだった。

『まあ、道理を守って生きてきたわけでもないか』

『なんの話?』

『こっちの話』

『だから!』

再び育はイラッときた。けれど、そのことが何故か心地よかった。

『俺どうせ死ぬし…―あんたはまず、四月さんに着いていくんだ。守れよなー』

『え?しがつ?なにそれ―』

『ばいばーい』

『えっ?ま、待ってってばっ』

『ばいばーい』

極上の笑顔で少年は手を振った。

『あれ?さよならする時ってあんたらこんな風にするじゃなかったっけ?ばいばーい』

そう言いながら少年はきらきらとした笑顔でぶんぶんと大きく手をふる。

夢が覚めちゃうんだ。

育は抵抗をやめた。うん、ばいばい、と呟いた。

少年は無邪気や笑顔を浮かべて何かを言った―。




はっ、と目が覚めた。育は反射的に枕元の時計をみた。

セットしていた時間より五分も早かった。

なんだよっ。

育はしかめた。

あと五分はよかったんだから、わざわざ目ぇ覚めなくてもよかったじゃないかっ。

はあ、と溜息をついて育は仰向けになり、かなり長いこと夢の余韻に浸っていた。

しばらくしてついにアラームが鳴ったので、バシッ、っと叩くように止めた。

少年の最後の言葉を反芻した。

「うづき…」

聞きまちがったろうか。漢字でどう書くのだろう。変な名前。そもそも名前だろうか。

「夢だもんなあ…」

溜息をつき、諦めたように育は体を起こした。

とりあえず勉強しよう。どうせ受験が迫っている。



(第一話 終)
2010
04/12
10:46
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CM:0
TB:0

つづき。

「時を刻む雲の国で」第一話そのニ
テーマ:小説

『四月さん、四月さん』

遥か上空、薄い雲の上で、四月と呼ばれた青年は寝ぼけ眼をこすって不機嫌そうに応えた。

「四月じゃねえし。弥生とよべ、くそ卯月」

『だって俺五月だし』

「まだ言うか」

『ねえそれよりこの間の』

「さらりと話変えんな」

『いや話しかけたのこっちだし。どうせ眠ってたんだろ、声が眠そう』

「あ゛あ?だったらなんだ?」

四月は淡い金髪を苛々とかきむしりながら言った。

『この間の十三月のさ』

「…くそ卯月め…」

『あれ、あの計画どうなったんですか?』

四月はふん、と冷笑した。

「あんな突拍子もない計画、神無月が許すはずねえだろうがよ、あんなものわかりの悪いくそ石頭が理解できるわけがねえ」

『やっくに立たない人だなー弥生さんって』

「…てめえ、ここぞと言う時に本名呼びやがって…」

『まーどーでもいいけどね、あんたどうせ口下手だし。俺がいないとなんにもできないんだろ?』

「… くそ卯月…」

四月は舌打ちした。正直、図星だ。

「だったら最初っからこっちにいればいいだろ。おまえだけさっさと帰りやがって。おまえが行方くらましさえしなきゃオレが帰れたんだ」

『あのねえ、幹部にやたら気に入られてんのも正直うっとうしいんだって』

五月の声が少しいまいましげになった。

『俺の何がそんなに気に入るんだかねえ』

「それはオレに同意を求めてんのか?」

五月は一瞬黙った。そして少しだけ嬉しそうに言った。

『わー、こら嬉しいな。四月さんも実は俺を愛してくれてたってか』

「あのなあ」

四月は溜息をついた。

「元々最初からオレがおまえとつるんでただろうが」

『うん知ってる』

「その奔放さどうにかしてくれ」

『やだね。これが俺だもん』

四月は黙っていた。もう幾年五月に会っていないだろう。正直会いたい。五月はかなり魅力的な人間だ。神無月は自分の器の限界を知っている。だからこそ、一族を五月に任せたかったのだ。革命を起こしてまで。

四月は、六十年前に行われた流血の日々を思い返した。正直惨かった。惨すぎた。

五月の望まないところで、五月のために、膨大な数の命が失われたのだ。

五月は逃げた。

一族はそれを卑怯者と罵った。そして、今も血眼になって彼を探している。裏切り者を殺すために。

だが四月は知っている。五月は死ぬことを恐れてなどいない。彼の性格なら、処刑も笑って喜ぶだろう。

彼が今も身を隠しながら生き続けているのはほかでもない、神無月や水無月を始めとする幹部への復讐のためだ。五月が彼らの手の及ばないところで悠々と生きている、それがなによりの復讐になるのだ。

声を聞いたのも久しぶりだった。正直、嬉しかった。五月と話していると、しがらみも全て忘れていられる。

「おまえ、いいのか?ここまで声を届けてると、居場所を気取られるぞ」

『そう、それ。そのこと』

五月の声の調子が、いつになく穏やかだった。

『十三月にぴったりな子を見つけたんだ』

四月は、黙った。何を言われているのか一瞬わからなかった。ややあってようやく四月は声をしぼりだした。

「は、何言って…」

『俺が戻るよりはずっとましでしょ』

「… は?」

ぞっとするほど、五月の声は穏やかで、満たされている。

『俺が戻れば俺は処刑されるだろな。で、別の誰かがまた五月になるんだ』

四月は押し黙った。五月が死ぬことを、考えたくはなかった。

『そしたらまたその誰かがかわいそうなメに遇うさ。俺みたいなのはそうそういないもんな、ふつう。俺は、』

五月は楽しげに言った。

『俺のせいで、不幸になる必要のなかった誰かがそうなるのは嫌いだ』

何故楽しげに言えるのかわからない。

彼がもし生を受けていたら、きちがいの類とみなされていたのではないかと四月は思う。

それでも何故か四月は五月が好きだった。

自分達のような危うい存在に好き嫌いの感情は不釣り合いかもしれない。

それでも、もしお互い生を受けていたら、自分は五月と親友になりたかったと思う。

「生きてる奴にそんな奴がいたのか」

『んー、というか、』

五月は歌うように言った。

『俺らが気付かなかっただけだよ。とっくに決まってたんだ。計画とか抜きでさ。あれはただの空想じゃなかったんだ。予言だったってわけ。俺達、雲の上のことばかりでその中のことはきっと見ていなかったんだな。たぶん、あの女の子の片割れが「雲」にすんでるはずだよ。それを確認してほしくてさ』

「女?嘘だろ」

『嘘じゃない。ほんと。』

「天に女はいない」

『うーん…いや、いると思う。あのさ、文献だけじゃ真実は見えてこない、ってわかってる?現にこの国の開闢は女だったろ』

「開闢は男だった」

『…わかってない。そろそろ怒るよ』

「… わかったよ。探してくればいいんだろ。誰だよ。どんなやつだよ」

『「雲」でいつまでも目を覚まさない女』

「はあ?」

四月は呆れたように言った。

「おまえ、実際にそんなの目にしたことあるわけ?」

『あるわけないじゃんか。行ったことないし』

五月はさらりと言った。

「…謎だ。謎すぎる」

『もしかしたら墓の中かもねえ。生まれてすぐ、死んだと勘違いされた可能性あるな』
「オレに墓をあばけってか」

『悪い?』

よくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだ、と四月は思った。

『急いでるんだってば。あの娘が寝ている間に急いで事をすませないと、また長々待たなきゃならなくなるだろー』

「今こうしてる間だってどうせそっちでは数秒しか経ってねえだろが」

『まあねー』

「くそ卯月め」

そう言いながらも、四月の口許はゆるんでいた。

「見つけてきたとしてもどこに連絡すればいいんだ?おまえの居場所知らねえんだけど」

「俺は弥生が大好きだからさ」

五月は楽しそうに言った。

そして、四月が何か言い返す前に、通信はぷつりと途切れた。



… なんだろう。

育は眉根を寄せた。

ここはどこだろう。今どこにいるんだっけ。わたしは何をしてるんだっけ。

目を閉じていることに気付いて、育は瞼を開けようとした。なのにまるで鉄みたいに重くて動かない。

いつもより回転の遅い頭で考えを巡らせ、育はようやくきづいた。

わたし、夢を見てる!

嬉しくて、心臓が躍り跳ねていた。たかが夢見に何をこんなに嬉しく感じるのか、自分でも説明できない。

しばらくすると、ぼんやりと桃色の光が見えてきた。誰かが光の中に立っているような気がする。

目をこらすと、その少年は笑っていた。いたずらっぽい笑顔だ。

顔もはっきりと見えないのに、どうして笑顔はわかるのか、理解できない。

まるで不思議の国のアリスだな、と思った。夢にふつうあるような現実世界のかけらがひとつもみあたらない。

『誰?』

育はしゃべっていた。口も動かないのに。

変な感じだ。声が頭のおくからわき出ているように感じる。

『名乗る必要ないよね』

少年は言った。育はちょっとイラッときた。

人の貴重な夢に出やがっといて、失礼な。

『ああ、怒らないでよ。だってね、どうせ君と僕は会えないんだからさ』

育は首をかしげた。いつの間にか体が自由に動かせるようになっている。

『なんで?』

『えー?』

少年は驚いたように言った。聞き返されるとは思ってもいなかったらしい。

綺麗な声だな。

育はふと、そう思った。

こういう声、なんだか好きだな。

『ありゃ、そらどうも』

『わたしの心の声まで聞こえてんのー?』

育は心底びっくりした。なんでもありだ。

『んー、みたいだねえ』

『ばっかじゃないの』

とぼけた相手の物言いに、思わず口をついて出た。そして、そのことに育は驚いた。ふだんの育なら絶対にそんなことを人に向かって言えないし、言わない。けれど、なんだか胸がスカッとした気分でもあった。

『波長があうのかな』

育は知らず嬉しそうに言っていた。

『わたしの夢の中だからなのかな。あなたみたいな人が、現実世界にいてくれたらよかったのに。そしたらさみしくなかったわ、きっと』

言って、育は、自分は寂しがっていたのだとわかった。でもなぜ寂しかったのはわからない。

少年は黙っていた。

何故か、育には、彼が目を見開き顔を赤くしたのがわかった。

『ああ…そういうことか…』

『は?』

『いや、こっちの話』

『なんなのさあ!言いなさいよ!わたしの夢の中なんでしょ?わたしの思い通りに動きなさいよ!』

少年は吹き出した。

『よくまあ…なるほどね。あんたさ、それがあんたなんだからもっと自分出せばいいのに。全然いい子っぽくないじゃん』

『わたしはいい子ぶってなんかない』

育は悲しげに言った。

『でも勝手にいい子に思われる』

『おー、ご愁傷さま』

育は笑顔になった。なんだかすごく嬉しかった。

『ありがとう』

『は?何が』

『たとえ夢でも、嬉しい。わたし、ほんとはからかわれるの大好きなんだ。でも、誰も構ってくれない。みんな、わたしのことなんか好きじゃないから』

少年は楽しそうに笑った。

『変な性格』

『だよねえ。ほかにもあるんだ。こんなの、人に見せたら何思われるか…』

言いながら育は胸がつまる思いがした。胸のつかえが熱く膨らんでいく。

『また会いたい』

育はいつの間にか泣いていた。泣きじゃくっていた。体が熱い。胸が痛くてたまらなかった。

(つづく)
2010
04/12
10:42
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プロフィール

南里 園乃

Author:南里 園乃
☆下の動画「星になるまで (~autumn version~)」をこのブログのBGMとして再生しながらご覧ください☆
嵐(特に大野くん。でもやっぱりみんな好き。)と本郷奏多くんとPandoraHearts、そしてバラエティ(主にジャニーズ)とこぢんまりしたちっこくてかわいいモノをこよなくあいしている管理人のブログです(笑)
絵を描くのと歌を聞く・歌うのが好きです。
今住んでいるアパートにDVDプレイヤーがなかったりなんだりであまり見たい番組が見られません。。。なので見たい動画をさがしまくってこのブログにによく保存(=掲載)しています(笑)
ちなみに下記はプロフィール詳細です。興味がありましたらご覧ください。

http://pr.fc2.com/nannrisonono/
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